オタク・ワンダーランド

好きな作品の話とか考えたこととか

犬を火葬した

大切な存在を燃やした挙句骨を拾わせるジャパニーズ・葬儀、グロすぎだろ……と思っていたのだが、考えが変わったので書き留めておく。

 

昨日、犬が死んだ。

satanix.hatenablog.com

前記事で書いた通り、大往生だったのに全然気持ちの整理がつかなくて、グスグス泣きながらいつの間にか寝落ちして。エアコンガンガンの部屋で目を覚まして、真っ先に犬に顔をうずめた。いつも暖かくてフワフワで臭かった犬は、冷たくてカチコチで不思議と臭くなくて、柔らかい毛だけがフワフワしていた。それがあまりに悲しくて、また泣きながらシャワーを浴びて、仕事なんてやってられっかよサボろうかな、と真剣に考えた。結局真面目なので普通に出勤して普通に仕事をして、帰路で携帯を見ると「斎場の予約に空きが出て、火葬が今晩に早まった」とLINEが来ていた。見た目は数日前と全然変わらず可愛い犬が腐っていくのは耐えられなかったから、エアコンとドライアイスでごまかせているうちに火葬ができてよかった、と思うのと同時に、あんなに生きてるみたいで可愛い犬を燃やすなんて、という感情が襲ってきて、ぐちゃぐちゃに矛盾していた。いっしょに好きだった食べ物を納棺してもらえるとのことで、泣きながらケーキ屋に入って泣きながらショートケーキを買った。不審者すぎる。犬は生クリームが大好きだった。

家に帰って、犬を抱き上げた。30分後には燃やしてしまうのだから、もう私の熱で腐る心配をしなくてよかった。板みたいにカチコチで冷たい犬の鼻から濁った汁が垂れるのすら愛おしくて、鼻水出てるねえ、と拭ってやった。カチコチの犬に顔を埋めて30分ボタボタと涙を流していると火葬車がやってきた。棺、というかオーブンの天板のようなものに犬を横たえて、体に花をのせて、口元におやつを置いて最後に写真を撮った。花は庭のラベンダー(犬の定番おしっこポジション)(おしっこの栄養でよく育っている)を17本摘んで束ねて、大きいおやつはお骨が汚れかねないからとのことで結局ジャーキーとチョコレートを供えた。犬を撫でて、よく頑張ったねとお別れを言って、炉を閉めてもらう。目前で火を点けても構わないか、嫌なら家に戻っても…と葬儀社の人が言うので、今点けてくださいとお願いした。金属の扉1枚隔てた先で、愛した犬に火が点けられる。ゴオと炎が燃える音を聞きながら家に戻って、犬の話題を避けて明るく普通に夕飯を食べた。

食後しばらくして、火葬が終わったと言うので外に出る。真っ白な頭蓋骨が見えた瞬間、もっと悲しいかと思っていたのに、「立派な骨だなあ、大した犬だったな」という気持ちになって不思議だった。背骨からしっぽまでひとつひとつ丁寧に並べてもらった骨は本当に立派だった。全盛期は5kgあった体重が最期は2kg台だったから、骨なんかほとんど残らないと思っていたのに、生前の姿が重なるくらいしっかりとフレームが残っていた。両親と3人で骨壺に骨を納めていく。頭の骨はぜひ手で納めてあげてくださいと勧められ、手のひらですくっててっぺんに乗せた。何度も何度も撫でたおでこのラインがそのままで、犬は骨になっても可愛いなあ、と温かい気持ちになった。骨壺を入れる袋が選べると言われ、どうしよううちの子は水色もピンクも似合うのよ!と母とひとしきり悩んで水色にした。可愛い水色の袋に骨壺をしまってもらって、抱っこをするみたいに受け取って家に戻った。

印刷した写真がないので、以前なんとなく描いて額装してもらった絵で即席の仏壇を作った。(この絵はあんまり似ていないので、後日写真を厳選して印刷所できれいに刷ってもらおうと思っている)

即席仏壇の前でショートケーキを食べた。不思議と悲しい気持ちは凪いでいた。

私は死んだら無になるだけだと思っているので、「虹の橋の向こうでペットは楽しく飼い主を待っている」とか「飼い主が泣いて暮らしていたらペットも悲しむ」とかいう慰めが長年どうにも腑に落ちなかった。が、上手く言語化できないんだけど、白い骨になった犬を見て「高齢だったのに立派な骨だね」とか褒め称えながら骨を拾うことで、犬がもうどこにもいないということを物理的に受け入れられたというか、なんというか……「死んでいるのに見た目は可愛い犬がそのまま横たわっている」というギャップに苦しまなくてよくなったような。たとえ骨がカスカスだったとしても「こんなになるまで頑張って立派な犬だったね」という結論になったと思う。燃やして、骨を拾って、死者が生きたことにどうにか意味を見出して、死を受け入れる、というプロセスに意義があるんだな、と納得した。そんなこと言ってもこれを書きながらまたベソかいてるんだけど、昨日の気分を梅雨のどんよりジトジト曇り空に喩えるなら、今日のは通り雨がやんで少し涼しくなった夏の夕方みたいな感じ。葬儀、すごい。

 

ちなみにこの記事は「グッドドギー」という、犬飼いフォロワーに教えてもらった犬・最高・LOVEソングを聴きながら書いた。

気分が沈んでいるときはキラッとプリ☆チャンの曲を聴くのが私のお決まりなのだが、今朝までは悲しくて歌なんか耳に入れる余裕がなかった。それが歌聴きながらブログ書けるまでに立ち直っているんだから、丁寧に犬を弔ってくれた葬儀社の人に感謝してもしきれない。

 

最後に犬の可愛いところを見せちゃいます。

紛れもないベスト・オブ・犬ちんであった。17年間、がんばったねえ。たくさん愛してくれて、愛させてくれてありがとう。月並みなことしか言えねえや。